私が大学まで行ってなることができた神主(神職)を辞めた理由

神社関係
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タイトル通りですがわざわざ大学まで行き、神職の資格を取得し( 検定料20,000円+授与料130,000円を神社本庁に支払う )神職にはなりましたが結論辞めてしまいました。

もちろん大学まで行って神職になったことに後悔はありませんが、もう数年経ち完全な決別という意味で辞めた理由を記載してみようと思います。ブログのネタにもしたいですしね。

あくまで私の例です。ほかの神社はもちろん違うと思います。たぶんね。

参考程度で宜しくお願いします。

もちろんノンフィクションです。

言葉使いが汚らしくて申し訳ないです。当時の気持ちがそのまま伝わるかなっと思った次第です。

おかしい神社とは噂されていた

大学内に神社の就職を担当する部署があるのですが、そこからちらっとおかしな人たちがいる神社だと口が滑っていたのを就職前に聞いていました。

求人のやり取りがあり、全国の神社とかかわっている部署ですからそう感じていたのかもしれません。

でも私的には昔から参拝していて、なじみのあった神社でしたので奉職したという経緯ですので、どうしようもないですね。

まぁ、神社の外からは中の内情は分からないといういい例ですね。

神社を好きでいたいのなら中を覗くなということでしょうか。

私の後に採用しない=私には後輩ができないという絶望

入社早々に言われました。

私の後に採用をする予定はないと。

いずれかは雇用するのでしょうけれども、かなり年数が空くと予想出来ました。

だってわざわざ口に出すんですもの。よく意味は分かりませんが。

辞めるなとの警告だったのでしょうか。

ちなみに私の上の若手は3年前の採用だったようです。

じゃあ私の場合は何年後に後輩が出来たのでしょうか。

私以外の若手全員帰る場所がある(自分の神社がある)

若手それぞれに代々継いできた神社があるので、いずれ皆帰ります。

神社を辞めるタイミングなんて、結局のところ別にいつでもいいので最後は逃げきれます。

厄介なことになったらいつでも辞められる人たちとなんて仕事したいと思いますか。

最終的には一番下っ端の私に火の粉は降りかかりますからね。

20年は黙って仕事をしろといわれる

20年は発言権がないってことですね。

20年後は40歳ですか。

馬鹿にするのもいい加減にしろよと当時の私は思ったわけです。

もちろん今も思ってますよ。

ここを辞めた人間がちょくちょく遊びに来る

ここを辞めた人間。特に巫女が遊びに来ます。(巫女は若さのみが売りなので年取ったら契約切れます。)

仲がいい感じに思いますか?違います。辞めてから人生うまくいってないから遊びに来るんです。

神社界に努めることで一番のデメリットは世間とのズレがかなり大きなものとしてできてしまうため、世の中に溶け込めないんです。

手に職のないノースキル的な意味もありますが、普通の人間ではなくなるんです。

たがら自分にとって居心地のよい場所として遊びに来るんです。

過去の話ばかりする人間いますよね。

それと同じで、今の生き方に絶望しているからこそ、過去に依存してなんとか自分を保っているんです。

神職とか巫女って立場上、勘違いして自分を偉い人間、優れているものだと誤解しやすいんです。

まやかしなんですけどね。

それが居心地良かったのでしょう。

愚かですよね。ほかにやるべきことがあるでしょう。

上の奴らが皆大きな子供にしか見えなくて敬意を持てない

出る杭は打つ。自分たちが絶対。発言するな。黙って行動しろ。

それでいてクリエイティブな発想をしろというよく分からない、頭がお花畑な人たちの集いに私は全くついていけませんでした。

現在普通の会社で普通に会社員をしていますが、そこでかかわる全ての人たちが、立派な本当の社会人に思えるほどハードルがかなり低かったです。

世の中ガキのような社会人っていますよね。

その人たちですら立派に見えるほどです。

・人を呼ぶとき手をたたいて呼ぶ(犬を呼んでいるつもりかよ)

・あからさまにストレスの捌け口にされる

・自分が絶対正しいという無力な者たちゆえの自信

・自分が苦労したから絶対に下の者には楽をさせたくないという汚らしい精神

・何かしらでマウントをとってくる(ノースキル&社会的優位性の低さゆえの不安からの無意味なプライド)

・暴力を振るわれ青あざができる

・アルコール依存&風俗狂いな人間に説教される

みんな精神的に病んでいる

突発的にみんなキレています。

サンドバックになるのはもちろん一番下っ端の私です。

みんな不幸なんですよ。自分が幸せに満ちていないから他人を大事にできない。

本当に人を大切にできる人間は、まず自分を本当に大切にします。

自分を大切にしているからこそ、他人にも優しくできるんです。

自分を蔑ろにしている奴は、相手にも同じことを求めてくるのでたちが悪いです。

神社の人間皆自分を犠牲にしていました。

言葉で書くとお涙頂戴のように聞こえるかもしれませんが、

単純に神社奉仕だ。仕事じゃない。神社のためなら何でもできるよねと。

勝手に思ったことを行動してそれを私に求めてくるってことです。

たちが悪くないでしょうか。

住んでいた寮が絶望的に汚く最悪の環境だった

若手が入居する寮があります。(家賃1万円。年齢制限あり。全国の神社にこんな感じの寮があったりします。)

値段は安かったのですが、絶望的に汚かったです。3階建のワンルームの部屋が確か7つぐらいあった気がします。

風呂・トイレ共同で、自分達の部屋のドアに鍵が付いていて直接カギをかける感じの部屋です。

虫入り込んでいますし,カビ・ホコリまみれの部屋です。(若手は忙しく寮を掃除する時間など皆無なため。)

ちなみに玄関入り口にも鍵はかけられますが、皆自分の部屋にカギをしている安心感か、めんどくさいからか寮自体にはいつでも入れます。

なので洗濯機や台所等を不法侵入者でも使うことができる状態でした。

そして私も病んだ

伝染したんですかね。

単純にこの人たちのようにはなりたくないと死ぬほど願ったからですかね。

絶望感はかなりありましたね。

自分の上司の姿って未来の自分の姿じゃないですか。

ストレスMAXで給料も稼げているわけでもなく、結果、子供を授かるほど時間的にも金銭的にも精神的にも余裕がなく、だからと言って欲にまみれるわけにもいかない。

一言「罰ゲーム」な人生だなと感じてしまったのです。

ストレス発散に泣くことがいいと知ったので感動モノの作品をみましたが、どうあがいても泣くことが出来ず、趣味がしんどくなりただ仕事・寝ることだけの日々を過ごし、人とかかわることが大っ嫌いになりました。

精神科に行きゲームセット「適応障害」とのこと

精神科に行ったら診断されましたね。

ただ診断されても、ゲームセットでもまだ僕は仕事を続けようと考えていました。

まだ何故かあきらめていなかったんですね。

そのために負の気持ちをリセットしようと休職することにしました。

退職を決意した未来の宮司(企業でいう社長)に言われたとどめの一言

休職中のある日、精神科の病院に行った帰りの駅で電話があったんです。

それが神社からで、正直気分的に出たくはなかったのですが、上司からだから&神社をあきらめてないからこそ電話に出ました。

心配してくれているのかなと思たのですが、愚かな勘違いでした。

開口一番に「賑やかだけど元気そうだね。」と嫌味たらしく言われました。

駅で電話に出た私の落ち度ですね。外に出てるから元気じゃん。迷惑かけてんじゃねえということを察しろということですね。

この人の京都人みたいな性格、というか神社界の人間大体こんな感じの性格なのですが、もうかかわりたくないな、この人を上司として同じ空間にいるのは完全な「罰ゲーム」だと考え至ってしまい、もう神社を辞めようと決断してしまいました。

これが辞めた決定的な理由です。

辞めてからの日々

はじめは後遺症じゃないですけど、上記で記載していた感情が死んだとか、趣味がしんどくなった、寝ることだけの日々を過ごし、人とかかわることが大っ嫌いになった等はしばらく一年ぐらい引きずったのですが 、世の中の社会人としての生活に救われ心を取り戻し始めました。

普通なら世の中、世知辛いのでそっちのほうで病みそうなもんですが、神社より世の中の方が、比べ物にならないほど幸せで、楽しく生きた心地がします。そんな有様でした。

神社に奉職した点でよかった点はそこだけですかね。

反面教師ですけど、世の中に絶望せず楽しく生きています。

まとめ

私は今でも神社のことは好きですし、神職も大切な生業だと思っています。

ただもう二度と神職をやりたいとは思わないですね。

最近の神社本庁が嫌いってこともありますが、

公務員でいう税金で食っていくのが嫌だと同じ感覚で、参拝者の玉串料で食っていくのが嫌になったということもありますが、一番は人間として最も低い生物にはなりたくないなということが全てです。

念押しで言っておきますが、あくまで私の体験は一例です。

でも、大体の神社同じ感じですけどね。

私の学校の同期ももう半分以上神職辞めてますし、その下の代、さらに下の代も半分以上辞めてます。

神職の求人も腐るほど余っていますしね。

3年も耐える人はそういないんではないでしょうか。

将来辞めるのが分かっているのなら、若さという武器があるうちに軌道修正しないと人生地獄を見ることになりますからね。

以上

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