中村紀洋 メジャー成績を振り返る

スポーツ
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メジャーへの入団経緯が面白い選手ですが、日本での活躍を見れば歴然で日本を代表するパワーヒッターでした。

今は亡き、近鉄バファローズから4位指名を受けて入団。

1997年には自身初のシーズン30本塁打を達成。

2000年には39本塁打・110打点で本塁打王と打点王を受賞。

2001年は132打点で打点王を獲得し、近鉄優勝に貢献。

後述いたしますがトラブルもあり一旦メジャー挑戦はあきらめましたが挑戦の夢は捨てず海を渡りました。

その詳細を記載していきます。

2005年 メジャー1年目 ロサンゼルス・ドジャース

2004年11月3日、メジャーリーグ入りの意思を表明。

11月8日のオリックス・ブルーウェーブとの球団合併による選手分配ドラフトの結果、オリックス・バファローズに振り分けられた。

12月1日に合併球団が発足したが入団せず、 2005年1月25日にポスティング申請し、近鉄と業務提携していたロサンゼルス・ドジャースが落札した。

本人曰く、近鉄の消滅にそのまま従いオリックスに入団するのに反抗したかったためアメリカ行きを決めた。

2005年2月3日、ドジャースとマイナー契約(推定1年契約50万ドル)を結ぶ。背番号は近鉄入団当時と同じ66

この契約は、FA権を行使してメジャー移籍を目指した、2年前の700万ドルでの2年契約プラス3年目のオプション600万ドルで、ニューヨーク・メッツと契約合意したと報じられるが、12月20日にこれがメッツの公式HPに載ったことに「そんな球団は信用できない」と激怒し交渉を白紙に戻したというドタキャン騒動が尾を引き、獲得に名乗りを上げる球団がなかなか現れなかったため、年俸は日本での5億円から10分の1の50万ドルとなり加えてマイナー契約というかなり不利な条件でドジャースと契約を結ぶことになった。

オープン戦は20試合に出場。44打数14安打、打率.295、3本塁打(チーム1位タイ)、8打点(同3位)という成績を残したが、チームは投手を多めに登録方針によりメジャー枠から弾かれてしまった。

マイナーリーグ(3A ラスベガス・フィフティワンズ)に送られたが、4月10日には故障者リスト入りしたアントニオ・ペレス(内野ユーティリティ)に代わって、念願のメジャー昇格を果たした。

下記、メジャーでの詳細

【4/10】
4-4で同点の8回に投手の代打に送られライトへのシングルヒット
メジャー初出場初打席初安打を記録

4/12
7番三塁でメジャー初スタメン。日本人メジャーリーガーで初めて三塁を守った。
第1打席目にレフト線にツーベースを放ちメジャー初長打を記録。
後の3打席は投ゴロ空振り三振右飛 4打数1安打

4/13
4-1と3点リードの7回に5番三塁の選手の代打に送られ空振り三振
以降はサードの守備につく。

4/15
欠場

4/16
7回から一塁の守備に入る。(メジャーで初めて一塁を守った日本人となる)
しかし一塁に入って迎えた最初の打者がショートゴロを打ち、その送球をキャッチミスしていきなりエラーを記録。
打席では三ゴロ右安打 2打数1安打

4/19
6-6と同点の9回、投手の代打に入りセンターフライ
そのまま一塁の守備についた。

【4/20】
7番一塁でスタメン出場。
左飛遊ゴロ遊ゴロと3打数ノーヒットに終わり、8回に代打を送られ試合から退いた。

【4/21】
欠場

4/22
7回から三塁の守備に入る。
9回の打席ではキャッチャーファウルフライ

【4/23】
5-8と3点ビハインドの8回に代打に送られ空振り三振
そのまま三塁の守備に入り9回に回ってきた打席ではセンターフライ 2打数ノーヒット

4/24
8番三塁でスタメン出場。
第1打席に四球、第2打席は遊ゴロ、第3打席はレフトフライであったが
6-5の1点リードで回った8回の打席でライトへダメ押しとなる2点タイムリーヒットを放った 3打数1安打

4/25
欠場

4/26
2-3と1点ビハインドの7回、投手の代打に送られ空振り三振

4/27
8番三塁でスタメン出場。
左飛空振り三振遊ゴロ三ゴロ 4打数ノーヒット

4/29
欠場

4/30
8番三塁でスタメン出場。
空振り三振三ゴロ三ゴロ併殺中エンタイトル二塁打 4打数1安打

5/1
2-1と1点リードの6回、代打でファーストゴロ

5/2
欠場

5/3
7回から三塁の守備に入る。
打席ではキャッチャーファウルフライ

5/4
8番三塁でスタメン出場。
打席では一ゴロ四球三ゴロ(1打点)投ゴロ併殺 3打数ノーヒット
8回から自身メジャー初のショートの守備についた。

5/6
12-0と12点リードの7回に代打に入り空振り三振
そのままショートの守備についた。
8回には自身日米通して初となるセカンドの守備に入った。
その後回ってきた打席ではサードゴロ

5/7
欠場

5/8
欠場

5月8日の試合後、メキシカンリーグでプレーしていたオスカー・ロブレスが40人枠入りしたのに伴い、40人枠から外される。

ウェイバー公示にかけられたが獲得を希望する球団が現れなかったためAAA級への降格を了承、再びラスベガスでプレーする。

ラスベガスでは、本塁打こそリーグ17位の22本を放つも、打率.249は規定打席を満たした選手90人のうち85位と低迷、OPS.818は打者優位の本拠地で平均OPS(投手も含む)が.798のチームにあっては平凡であった。守備ではチーム最多の20失策を記録。

9月5日にAAA級のシーズンが終了。日本球界復帰を目指した。

【マイナー成績】

■バッティング

101試合 .249(357-89) 22本 67打点 OBP.331 SLG.487 OPS.818 19併殺打


■守備


三塁 51試合 9失策 .932
一塁 35試合 10失策 .967
遊撃 14試合 1失策 .979

メジャー成績













































O
P
S
1741391520073000020073.128.171.179.350

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